私の発見ノート

日常は”発見”の宝庫

パンダの視線

先日、ポレトコというお店で販売されているパンダを一目惚れして購入してしまった。

このぽれぽれ動物のシリーズは全て手作りされているらしく、同じように見えても少しずつ違う。パンダも同じような姿のものが並べられていたが、よく見ると少しずつ表情が異なっていた。私はこの中から、口元が緩んだような何ともいえない表情のパンダに心を奪われてしまった。

しばらくは自室の机の上にちょこんと置いていたのだが、彼は外が似合う気がしたので外でカメラ小僧バリの撮影会を実施した。

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すると、アリがパンダのお腹から顔、頭に向かって登り始めた。

アリの姿をまじまじと見るのは久しぶりで、小学生ぶりだろうか。

こんなに艶やかで、小さいけれど節々がしっかりした体つきだったかなと思い出したりしていた。

このアリはパンダが気に入ったらしくなかなか離れてくれなかった。

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小さな彼、パンダの視線でないと気づけないアリの艶やかな姿。

広い視線だけでなく、ぐっと狭い世界に近づくことで見れる景色。

彼を通すことで、普段気づかない世界を見れる気がする。

 

 

 

 

夏の赤トンボ

川沿いを歩いていると、数十匹ものトンボが飛び交う姿があった。

数匹見かけることはたまにあったが、こんなにも多くのトンボが集まって飛んでいる姿は久しぶりに見た。

トンボは水がキラキラ反射しているのに反応して寄ってくるらしい。

水に卵を産むため、水辺でパートナーを探しているのかもしれない。

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そういえば、この間ニュースでトンボについて話題が挙がっていた。

赤トンボといえば秋のイメージ。私もそのイメージがあった。

しかし、種類によっては夏でもたくさん見られることもあるらしい。

目まで真っ赤なトンボは夏。体だけ赤いトンボは秋なのだそう。

まだまだ暑い時期が続いている。もしかしたら全身真っ赤なトンボかもしれない。

しかし体だけ赤ければ涼しくなる予兆かもしれない。

涼しさの予兆を期待して、トンボを目で追って見たが、

飛び交うスピードが早すぎて確認できなかった。

この暑い時期にこれだけ元気ということは、やはり夏の赤トンボかもしれない。

 

 

 

 

 

ひまわり

帰宅途中慣れない道を歩いていると、住宅地の一角にひまわり畑を見つけた。

ひまわりは夏の季語と言われるだけあって、

夏の日を表すかのように明るくて元気なイメージだ。

ひまわりは成長する際は太陽を追いかける。

しかし花を咲かせると元気な姿を見せてくれる代わりに、

花を咲かせると東を向いたまま動かない。

何か自由を無くしたかのようだ。

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こういうとなんだが安くさいポエムのようだが、

学術的に考えると太陽を追いかけるのは、

太陽が当たっている側の成長速度が早いため、向きが太陽の動きに合わせて変わるだけなのだ。そして開花すると成長が止まるため、動きが止まる。

 

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またひまわりは花が落ち種をつけるようになると、

種の重さに耐えきれず力尽きたように頭を垂れるようになる。

これもまた理由があるようで、下を向くのはどうやら種の重さだけでは無いらしい。

種に光が当たりすぎないようにとか、種が地面に自然に落ちて子孫を残すための戦略だとか色んな説があるようだが、私が調べた限りは明確な理由はわからなかった。

 

ひまわりは植物学的に見ても大変興味深い花。

しかし、ひまわりの面白さはそれだけではない。

成長過程から、最後に力尽きるまで。

その姿は様々な彼らのストーリーや心情を想起させる。

そのストーリーを考えるのも夏の風物詩といったところか。

 

※上記のひまわりの植物学的な話について間違っていたらすいません。。

 

曇りガラスのような夕焼け

ここのところ晴れの日が延々と続いている。

俗物っぽく?晴天の日が好きな私だが、こうも暑い日が続くと少しくらい雲に寄ってきてほしいと思ってしまう。

 

さて、太陽の暑さも和らぐ夕方。

帰宅途中に、素敵な空を久しぶりに発見してしまった。

見事な夕焼け。

しかも単なる夕焼けではない。

なんとなく柔らかな、スモーキーさのある夕焼け空だった。

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夏は強い光を放つ夕焼け。

しかしこのときは夏独特のむわっとした水蒸気が辺り一帯に立ち込めているからかのか、曇りガラスを1枚通して見たかのようにふんわりとした光を放っていた。

少々言葉にするのも恥ずかしいが、夢の世界、ドリーミーという言葉が似合う夕焼けだった。

この景色を写真に残そうとシャッターを切ったものの、この独特な雰囲気を残す力量は私には無く、「全てを記録に残そうとするなんておこがましい」と空に言われているかのようだった。やはり自然は、その時その場の空気感を肌で感じるのが一番なのだろうか。

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違う方向に目を向けると白い雲からちぎれたカケラのような月が浮かんでいた。

この月が一層、夢の世界の空を彷彿とさせた。

帰宅途中の素敵な出会い。

こんな夢見心地な景色に出会えると、どんな1日でも素晴らしく感じてしまう。

終わりよければこれでよし。

とはこのことか。

 

 

 

梅しごと

頭をクラクラさせるほどの太陽と、息をするのも一苦労なほどの湿気。

本格的に夏を迎えた7月。

最近、忙しくて更新できていなかったが、

雨ばかりで外にいくのも億劫だった6月。

私は家で梅しごとに励んでいた。

というのも、青梅をつけてできる梅シロップが好物なのだ。

そしてこの梅を漬ける工程も好きで、毎年楽しみにしている。

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梅の表面には細かい毛が生えている。

梅を流水で洗い終えると、

まるで赤ちゃんのお風呂上がりのうぶ毛を触った時のような、

なめらかで優しい手触りになる。

このお風呂上がりの梅たちを一晩冷凍する。

冷凍することで、梅の細胞に含まれる水分が凍り膨張することで細胞が壊されるのだ。

これを利用して、より短期間でシロップができるようにする。

そして、凍らした梅を氷砂糖と交互に瓶に入れて放置する。

この瓶を見ると、涼しさを感じ夏に近づいた気持ちになれるのは私だけだろうか。

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浸透圧でじわじわと抽出される梅のエキス。

言い換えると、浸透圧とは細胞の中と外の濃度を揃えようとして水が流れる力のことをいう。つまり、糖度を梅の中と外で揃えようとして梅のエキスが含まれた水分が外へ出てくるのだ。

高校の時に浸透圧をならった時は、これがなんの意味があるのかわからなかった。

しかし、この自然界の法則があるからこそ生まれる美味。

神秘さを感じるとともに、これに気づいた昔の人に感謝したくなる。

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2週間後、すっかりエキスを出し切ったシワシワになった梅。

この甘酸っぱいシロップのおかげでこの夏の暑さも乗り越えられそうだ。

雨上がり、もう一つの世界

私は雨上がりの晴れが好きだ。

雨上がりの少しひんやりした空気が心地よい。

そして、単純な晴れよりもなぜか清々しく感じるからだ。

もしかしたら、雨によって塵や埃が洗い流されるためなのかもしれない。

また運が良ければ虹も見られる。

こんな具合に、単純な晴れの日よりも、

色々な自然現象の恩恵を受けて

雨上がりは風景をより美しいものにかえる。

雨上がりには他にも好きなものがある。

水たまりだ。

昔は水たまりはあまり好きではなかった。

せっかくの雨上がりの清々しい気分なのに、

靴を汚さまいと気をつけて歩かなければならないからだ。

しかし、最近は水たまりを覗くと新しい世界に出会えることに気がついた。

人間は普段は自分の目線の下の世界しか見ない。

しかし、水たまりにふと目をやると自分の上にこんな世界が広がっていたんだ!と気づかされることが多々ある。

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例えばこの時は足もとばかり見ていたが、水たまりのおかげで、

青い空にピリッとアクセントを効かせるような赤い鮮やかな橋がかかっていることに気がついた。

煩わしいと思うものでも、見方を変えれば素晴らしい世界の扉を開けてくれるものだなと感じる。

晴れと曇りの間

雨が降った翌朝、外に出たときに見つけた。

晴れと曇りの間。

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まるで長年掃除をしていない机を雑巾でふいて埃が綺麗に取れるように、

曇り空と、綺麗な白い雲が漂う青空の間にくっきりと境目が現れていた。

 

雲の色は厚みなどによって見え方が変わる。

つまり、分厚い羽毛ぶとんのような雲が空を覆っていたが、

あの境目から薄いタオルケットのような雲に変わったようなものなのだろうか。

暑苦しいのに、忙しくて収納できていなかった羽毛ぶとんを、夏仕様でタオルケットに変えたことを思い出しながら、爽やかな気分に浸っていた。